「いか揚げはない」「たこ揚げはある」の差
実は元々たこではなく、いかから始まっていた
なぜたこ揚げと呼んでいる?
たこ揚げの歴史
たこ揚げは5〜6世紀頃中国で生まれたと言われている。
その当時のたこ揚げは遊びではなく戦に使われた。
遠くの味方に「攻め込むぞ!」という合図として使われた。
当時の中国のたこは、敵に合図だと悟られないように鳥に似せて鳶の形をしており、
しかし、紙鳶は中国の貴族の遊びとして定着。
そして平安時代になると日本に伝わり、日本の貴族の間でも流行。
さらに、江戸時代に入ると庶民にも紙鳶が広がり、紙鳶を揚げることが一大ブームに。
紙鳶には重りの役割となる脚がついており、回転せずに長い時間飛ばせるようになった。
四角形に長い脚が付いている姿がいかに似ていることから、庶民の間でいかのぼりと呼ばれるようになった。
江戸初期の文献「紙鳶3巻」(1699年)を見てみると、紙鳶と書いていかのぼりと読んでいた。
なぜいかからたこに変わったのか
ある事件がキッカケで、たこのぼりという言葉が生まれた。
江戸時代初期、高く揚げようと競い合い、いかのぼりが接触することがあった。
いかのぼりが原因でケンカが多発。
さらに、落下したいかのぼりが体にあたりケガ人や死者が出たり、大名行列に落ちて事件になるなど、社会問題になった。
1646年に江戸幕府までもが動き出し、「いかのぼり禁止令」を出した。
しかし、庶民のいかのぼり熱は冷めず、禁止令を無視していかのぼりを続けた。
それが見つかった時、脚が8本だから「いかのぼりではなくたこのぼり」だと言い張った。
禁止されたいかのぼりを続けたい一部の庶民が考えた屁理屈だった。
その後、1656年 たこのぼり禁止令も出すが、一部の庶民は禁止令を無視。
そしていつしか、たこのぼりを揚げる → たこ揚げ に変わっていった。
この差って何ですか? 2018年4月24日